「おはようございます花宮先輩…」
「おせぇ」

朝。オレの家の前で今にも死にかけそうになっているなまえを見下す。そいつは荒い息をなんとか整えてから納得がいかなそうな渋い顔をしてオレをじっと睨みつけた。まぁそんなことをされても痛くもかゆくもない。平然となまえの乗ってきた自転車の荷台に腰を下ろせばまた情けのない声をあげるバカがいる。

「本気ですか先輩…後輩の女の子を朝早くから迎えにこさせておいてその上、自転車までこがせるなんて…!」
「いいから早くこげよ遅刻したらどうすんだ」
「ギルティー!」

訳の分からん奇声を発しながら自転車を走らせる。大して乗り心地もよくないな、と思いつつも今後はこれで行こうと決める。ぐらぐら揺れることに関しては不愉快だが、息も絶え絶えに自転車をこぐこいつがなかなかに面白いので何となく。朝の気持ち悪いほど静謐な風に頬を撫でられながらやけにぼんやりと、そんなことを考えてしまった。
「あの、先輩寝てません?ずるい!私も寝たいです寝ないでください」
「誰がこんな乗り心地最悪のところで寝るかよバァカ」
「鬼だ!」

と、何とか学校まで着いた。ここまで来るあいだ結構な視線を浴びた気がするが特に気に留めずに自転車置き場まで行く。
…それにしてもアレだな。
疲れきった様子で鍵をかけるなまえを眺めながら眉を寄せた。見かけによらずこいつの運転は荒い。固まった身体を伸ばして文句のひとつでも言ってやろうと口を開きかけたところで他の声がかかった。心の隅で苛立ちながらそちらへ目を向けると見たことのない姿がそこにあった。誰だこいつ。オレが見知らぬ姿に目を細めているとなまえが代わりに声を出した。

「あっおはよう!えぇと、吉田くん!」
「おはようみょうじさん」

なんだこいつの知り合いか。道理で知らないわけだ。かといって自分のクラスメートでさえうろ覚えなのだが、まぁ、それは置いておく。なまえに声をかけた男はオレを一度見やってから怪訝そうに顔をしかめた。その光景にイラッとしつつ、喰ってかかる気にもさらさらなれないので黙って見てやることにする。そういやなまえが同学年の男と話してるところを見るのは初めてのような気がした。新鮮だ。

「今日は、その、遅かったんだね。学校にくるの」
「ああうん、いろいろあってね。えっともしかして、朝なにかやることあったんだっけ」
「あ、うん一応委員会の仕事で。でも放課後でも大丈夫だから平気だよ」
「そうだったんだ!ゴメンね」
「大丈夫大丈夫。その代わり放課後は残ってね。僕も手伝うから」
「うん、ありがとう!」

…なんだこのイラつく会話は。いや会話の内容自体はまぁ普通なのだろうが。内容というかやり取りというかこの光景にというか。無性に苛立つ。寝起きのせいかあいつの運転がクソみたいに荒かったせいかどちらかのせいもあってだろうが、妙に不愉快だ。
まるで自分だけの玩具を勝手に他人に触られているような。というか、まさしくそれ。イライラもピークに達したところで、男が手を振って校舎まで戻っていった。なんだあのガキは。

「花宮先輩、もうそろそろ教室行かないと遅刻ですよ」
「………」
「あ、それと私今日は委員会の仕事あるそうなので!先輩のこと自転車に乗せて帰れませんから!残念でしたね!どうぞ一人さみしく帰ってください」
「…腕か足どっちか選べよ」
「え?なんで」
「折る」
「折る!?」

そういったわけで、昼。なまえに買ってこさせたパンをかじりながら屋上のフェンスにもたれ掛かる。しかし今日は朝からどうも気分が悪い。具合が悪いとかそういうのではなく、何かがひっかかっているといったほうが的確だ。これを晴らすには、誰かを不幸のどん底に陥れなければいけないような気がする。その対象に、と目の前で弁当を食すなまえに目を向けた。

「何ですか先輩。まだ私がクリームパンと間違えてチョココロネ買ってきたことを恨んでるんですか!はいはい分かりましたよ私のカニさんウィンナーをあげますから」
「なにが分かったんだよ。いらない」
「タコさん派だったか…」
「ナメてんのか」

ダメだな。なまえを潰す気分じゃねえ。それよりはもっとこう、潰さなくてはいけない人間がいるような。不快感からがじがじとストローを噛む。つーかなんでミックスジュース買ってくんだよこいつは。ことごとく要望と違う物を買ってくるのはもう故意なのではないかと考えに至った。覚えてろこの女。内心舌打ちした。それと同時に屋上の錆び付いた扉が開く音を聞く。
珍しいなここに人が来るとは。ゆっくりと視線をそちらへ向ける。どこかで見た顔だ。

「あれ、吉田くん」

そうだそいつだ。そういえば朝に見たような気がしないでもない。そいつの姿を見た瞬間に湧く謎の苛立った感情を紛らわすようにクソまずいジュースのストローに噛み付いた。

「ああ、やっぱりここにいたんだみょうじさん」
「うん。どうかしたの?」
「いや、これ今日の委員会の仕事の内容。一応目を通しておいてほしくて。ごめんね食事中」
「あ、分かった。ありがとう」

なまえに資料らしきものを渡した男はちらりとオレを一瞥すると言いにくそうに口を開いた。

「ええと、いつもここで食べてるの?」
「う、うん」
「そうなんだ…。か、彼氏?」
「ううん、部活の先輩」

答えになっているようないないような。なまえの何とも言えない答えに男は一瞬戸惑った後、そうかと曖昧に返した。しっかしこの男…あの馬鹿が好きなのだろうか。やけにオレを気にするな。だとしたら大分感覚がイカレてるんだろうなと同情した。いやいや滑稽なことこの上ねぇぜ。用は済んだのか去っていく男の背を眺めて乾いた笑いを零した。
ふと視線を落とした先のジュースのストローがいつの間にかボロボロになっている。
無意識のうちにそんなに噛んでしまったのだろうか。より一層増した苛立ちを感じて我ながら呆れた。

時は経って部活終了後。結局なまえは来なかった。委員会の仕事だかなんだか知らないが、マネージャー業をサボるとはいい度胸だ。制服に着替えたあと、なまえの教室まで歩く。べつにその行為に意味なんてないが、ただほんの興味だ。どうせ教室であの男と二人きりになっているのだろうと。あの男がどう動くのか、そういう好奇心。それだけにすぎない。

「付き合ってほしいんだ。僕と」

教室に着いて早々聞こえた声に笑いすら起きなかった。予想ってものはこうも的中しすぎると興ざめだな。二人がいる教室を隔てている壁に背を預けつつ口端をあげた。吉本だか吉田だかいう男の告白に対してあいつはどんな反応をするのかと考える。どこに付き合えばいいの、と言いそうなところではある、が。

「…え、えっと。ごめん、そういうの言われたの…初めてで!」

なに照れてんだあいつ。思いのほか女のような反応をしたなまえにムカ、ともイラ、ともつかない気分になる。
というかそもそもオレはこういった青春ごっこが大嫌いだ。この得体の知れないイラつきもそのために違いない。

「本気なんだ。好きなんだよ。あの、先輩とは付き合ってないんだろ?」
「えっ、うん」
「なら、いいよね?みょうじさん」

反吐が出そうだ。なんだよこの茶番は。
だいたい何なんだあの男は。よく人のものに手を出そうと思うな。気持ち悪すぎて吐きそうだ。自分のものにこうもベタベタ触られた挙句、とろうとするとは。まぁなんというか身の程知らずだ。
そもそもなまえのやつに恋人だなんだと青春じみたものは必要ない。そんなものオレがあいつを潰すときの障害にしかならねえ。邪魔なものは、処分すべきだ。
そう結論に至ったオレのすることは、ひとつだ。
考えさせて欲しい、と言ったなまえの声を無感情に聞きつつ。

「…あれ?先輩なにしてるんですか」

仕事も話も終わったらしいなまえがオレを見つけて首を傾げた。教室内にはまだあの男がいる。そいつはオレを見た瞬間あからさまに顔をしかめた。…なるほど面白そうだ。何も答えないオレを不審に思ったなまえは怪訝そうに見つめる。そして少し考えたあと、納得したように口を開いた。

「ああ分かった、ひとりで帰るのが寂しかったんですね。先輩もちょっとは可愛げがあるというかなんというか!」
「んなワケねぇだろバァカ。おまえ先帰れ」
「はい?」
「オレはやることあるから。ああでも明日の朝は今日と同じ時間に来いよ」
「は?」
「じゃあな」

ぴしゃん。混乱しているなまえを教室の外に締め出す。
そうして晴れて教室の中には身の程知らずの男とオレの二人きりってわけだ。
「話をしようじゃないか…、ヨシダくん?」

その凍りついた顔が最高に笑えるぜ。

翌日。オレの家の前で今にも死にかけそうになっているなまえにデジャヴを感じた。息も絶え絶えのそいつに構うことなく昨日同様に荷台に腰を下ろす。文句を垂れながら自転車を走らせるなまえに口角をあげていると、ふとなまえが言った。

「そういえば昨日吉田くんから暫く距離を置いてほしいってメールが届いたんですけど私なにか悪いことしたんでしょうか…」
「ふはっ、さぁな」

そんなこともあったなって話だ。


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